やまと通信       Vol.6
 
〜 時 間 〜
 
 「像の時間とネズミの時間」というような本があったと思います。たしかその本の内容は、象とネズミでは寿命がずいぶんと異なっているが、それぞれ一生涯の鼓動の数というものはほとんど同じなので、ある意味それぞれの動物には、平等に時間というものが与えられている、というようなものだったと記憶しています。
 では人間はどうかといいますと、やはり人間も像やネズミと一生涯の鼓動数はほぼ同じなのだそうです。つまり、人間という動物としてみるならば他の動物たちと何ら変わりない生き物なのだと言うことでしょう。
 しかし、実際私たちが生きていく上では、同じ人間というものの捉え方ではなかなかうまくいかないように思います。
 たしかに、私たち一人一人の寿命というものは異なりますが、一年は365日、一日は24時間、一時間は60分というものは誰にも平等なもです。
 平等ではありますが、それぞれの性格やものの捉え方、またはそれぞれの人たちが置かれている立場の違いなどによって、その同じはずの時間というものは全く異なったものになっていると言えないでしょうか。
 例えば、せっかちな方とのんびりしている方では同じ一時間はきっと全く違った感覚になるでしょうし、1日15時間くらい本当に休む間もなく働いているビジネスマンとのほほんと川辺で釣りをしている方でも全く異なった感覚になると思うのです。
 また、自分たちのことを考えていただければ分かると思いますが、何も他人同士と比べなくとも同じ一人の人間でさえも同じはずの時間のスピードというものがその時々で全く異なったものに感じるはずです。それは、楽しいことをしているときとつらいことをしているときの時間の進む速さが異なって感じることです。
 そんな絶対的に平等なはずの時間の流れでさえ人によって異なる上に、生まれ持っての才能や育つ環境などが異なるのですから、それぞれの子供たちがいろいろな才能を伸ばす時期も、その期間も異なると考えるのが一番自然だろうと思います。
それにも関わらず、今の学校ではそういったことを考慮してもらえません。先生方は忙しくて、考える余裕がほとんどないのでしょう。
 しかし、いまの日本では、否応なくこの環境の中で生きななくてはなりませんから、みなさんも塾へ通わせているのでしょうし、私自身もそういった価値観の中で少しでも楽に学生生活が送れるように子供たちの手助けをしたく塾をやっているわけです。
 ですが(塾をしている私が言うのもおかしなことに聞こえるかもしれませんが、)何とかそういった中でも、子供たち一人一人の才能や、興味・関心というものを育てていきたいですし、みなさんにもそうしていただきたいなあと思います。
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