やまと通信       Vol.11
 
〜 感 謝 〜
 
 今月はある新聞記事を紹介します。今年1月25日の朝日新聞の13面に掲載されていた「おーい、父親」という連載記事で、この記事を書かれたのは東京大学助教授の汐見さんという方です。
「競歩という競技がある。あの、お尻を振って歩くマラソンのような競技だ。その日本代表選手の一人、板倉美紀さんのことをテレビで知って、感動した。
 彼女は17歳でバルセロナオリンピックの代表になるほどの頑張りや選手だった。ところが、そのあと、大型トラックに後ろから前輪と後輪でひかれるという大事故に遭い、全身の骨を骨折。内臓破裂だけは免れたので一命はとりとめたが、何年もの闘病生活を続けざるを得なくなった。その間、手術を何回もしながら競歩の練習を再開し、痛みで歩けなくなることを繰り返してきた。やがて、両親や育ててくれたおばあちゃんらの励ましもあって、少しずつ回復し、最近、とうとうレースでまた優勝したというのだ。
 おばあちゃんは、美紀さんに、生きていることのありがたさを何度も訴えて、前向きになることを要求し続けた。彼女は、手術で縫い目だらけになった全身をさらけ出しながら、歯を食いしばって歩き続けた。
 見ていて涙が止まらなかった。その中でとりわけ深く考えさせられたのは、テレビでのおばあちゃんの言葉だった。おばあちゃんは、一生懸命孫を励ましてきたのに、口から出るその言葉は、孫を称賛し、孫に感謝する言葉ばかりだった。あれほどの大事故に遭いながら、弱気を出さず、痛む脚をおして、何度も何度もチャレンジしようとするわが孫の姿に、生きることのすごさ、すばらしさを教えてもらった。あの子はみんなに勇気を与えた。すばらしい人間だ。こう、言葉をあれこれ換えて、孫に感謝していた。
 育児の最大の報償は、我が子に感謝できるようになることかもしれないと、とっさに感じた。大した存在でもない親が、偉そうに親をしてきて、あるところで、ふと、わが子のすごさに感じ入ってしまう。そのときに育児の意味を一挙に感得してしまう。
 よく考えると、父親というのは、たいてい自信がないのだ。先行き不透明な社会で、自分自身が生き方に納得しているとは限らないのに、わが子にああなれ、こうなるなと要求する。そういう理不尽さの中で親をしてきたことが、わが子がすごいと思えた途端に、許してもらえる。
 人間というのは人との関係の中でしか人間にはなれない。その関係を、否が応でも真剣なものにしてくれるのは、やはり、育児なのだ。」
 というものですが、いかがだったでしょうか?  私は、
「人から感謝されるのではなく、感謝し、
   人から愛されるのではなく、愛する。」ということを思い出しました。
 Home   やまと通信の目次へ