やまと通信     Vol.14 7月号
 
〜 い ま 大 人 が す べ き こ と 〜
 
 以下は今年5月12日の朝日新聞の文化という欄に記載されていたものです。
 この記事はフランス第一大学名誉教授のピエール・ルジャンドル氏への、「日本やフランスなどの産業化された社会では、どこでも例外なく、子供社会の暴力や深刻になり、かつそういったものに対して罪悪感を自分のものにできない背景には何が起きているのか」、という質問に対してのコメントです。
「多くの若者や子供たちが自分自身を築き上げる方法を見失っている。人間としての自分を組み立てることができなくなった結果、自己破壊的な状況に追い込まれているのです。」
「人間は最初から完成されたものとして、この世に生まれてくるわけではない。」「つまり組み立てられて、初めて一人の人間になるのです。大切なのはこの時期に尊重しなければならない規則があることです。」
「もともと、人間は自分の力だけで大人になることはできない。」「誰かがモンタージュ(組み立て)を手助けし、教える必要がある。夢の中では人を殺したり、消したりできるのに、なぜ現実の世界ではいけないのか。そうした規則や限界を子供だけで知るのは無理なことです。ところが第二次世界大戦後は、子供に対してもアメリカ流の自由主義が正しいということになってしまった。自由を抑圧するファシストと思われるのを恐れて、誰も規則や厳しい礼儀作法を口にしなくなった。」
「本当は子供が求めているのは、何がよくて、何が悪いのか。黒か白かをはっきりさせてくれることです。最近のフランスの学校では、子供同士の恐喝事件や、ときには殺し合いも起きている。大人は立ち会わずに、子供だけで自由にやらせた結果です。」
「誰もモンタージュ(組み立て)の規則を教えてくれない。そのために、自分を組み立てられない若者たちが、教祖が全てを指図してくれる宗教セクトにひかれていくという現象も起きている。」
「若者が崩壊しているのは、大人が背負いきれなくなった重荷を彼らに背負わせた結果です。自分のことは自分で勝手に組み立てなさいと次の世代に言う。そんなことは過去にはなかったことです。」
(次の世代のために、何ができるのかという質問に対して。)
「この問題については、コンピューターは何も解決してくれません。ただ、すぐにできることもある。間違っていることには『否』と言うことです。そして子供が自分の居場所を見失っているときに、方向を示す地図を教えてやる。あるいは自分が分からなくなった若者に、自分を映す鏡を差し出してやる。それは大人の世代の責任なのです。」
 
 ルジャンドル氏の言葉を聞いてみなさんどう感じましたか?
 私は、彼がおっしゃっていることはまさに正しいと思いました。
 しかし、何が問題かと言えば、我々大人(親)自身が子供たちにはっきりと教えられる価値観がない、分からないことだと思います。例えば「夢の中では人を殺したり、消したりできるのに、なぜ現実の世界ではいけないのか。」と子供たちに聞かれたら、みなさんならどう答えますか?
 例えば、北海道大学の認知脳科学の教授であります澤口俊之先生はこういった問題に対しては、「社会の規範や倫理・価値観−いわば「社会的公理」−には論理的な根拠などはなっからないのだから、不毛な議論などはしないこと。」
「『私がルールだ!』とか『無人島でのたれ死ね!』と一蹴して叱ればよいのだ」(『幼児教育と脳』澤口俊之 文春新書 P211~212)ということをおっしゃっております。
 これも一つの言い方でしょうかねえ。
 でも私だったら「自分が殺されたくないから、人も殺さない。だから、あなたも殺されたくなかったら、人を殺さないで。」と言うでしょう。(ただし、この理論が通用するためには、子供たちに自分のことを愛せる、いとおしく思えるという感覚を育ててあげることが大前提になってしまいますが・・・・)
 と、現代の社会において確固たる価値を自分の中に築き、維持し、子供たちに迷いなく伝えていくことはなかなか難しいことですね。(しかし、それでもそうしていくことがいまの、これからの私たちの使命だと思いますが。)
 それでも、今すぐにでも私たちが出来ることがあると思います。それは、「自分のことは自分で勝手に組み立てなさい」と言うことをやめることです。
 みなさんがとても勘違いされていることのひとつなのですが、「子供に(早く)自立してもらいたいと思ったら、なるべく放って置くこと」というものがありますが、これのどこをみなさん勘違いされているのかというと「放っておく」というところです。これは幼児期においてもそうなのですが、「放って置く」、「自分で勝手にやらせる」でけではぜったいに自律、自立などできません。
 私たち人間、特に子供たちにとってこの世は知らないことばかりで、常に不安との戦いのようなものです。そんな中で他者と関わり、自分自身を世界の中に確立していくためには(自律、自立していくためには)、どうしても他者の支え、手助け、そして愛が必要なのです。その「愛」とは、特に親や大人が子供たちに対しての「愛」とは「何があっても私はあなたを守ってあげる」という心だと思います。
 そういった「愛」や「後ろ盾」が心に深く根付いてこそ初めて子供たちは自分から世界に旅立っていく、世界を前に自分というものを確立できる、つまり自律、自立できると私は信じています。
 ところが、ルジャンドル氏もおっしゃっているように、そういったことをいま親や大人たちは放棄してしまっているがために子供たちは傷つき、自暴自棄になってしまっているのではないのかなあ・・・・・・
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