やまと通信     2月号
                               Vol.33
   〜 書くこと・生きること 〜
 
 受験シーズンまっただ中です。すでに進路が決まった生徒のみなさん、そして家族の皆様ご苦労様でした。また、これから本番を迎えるみなさん、あと少しです、みんなで一緒に頑張っていきましょう。
 
 さて、冬期講習から、推薦入試のための作文指導をしてきました。今年は10名程度の生徒が推薦入試をするということで、かなりの量の作文指導をしてきましたが、あらためて、「書くこと」というのはすばらしいことだと感じました。
 少し前ですか、ニュースステーションで、ノーベル文学賞の大江健三郎さんが「書くことは生きること」だとおっしゃっていました。また、「コボ作」を始め、いろいろなことを教わりました国語専科教室の工藤先生も同じようなことをおっしゃっていましたし、その著書『国語のできる子供を育てる』のなかでも、同じようなことが述べられています。
 
書くことは考えること
 ではなぜ「書くことが生きること」なのだろうとあらためて考えてみました。
 まずわたしは、「書くことは考えること」に他ならない、と思います。つまり、何か文章を書くためには、能動的に(自分から積極的に)考えなければなりません。そして、「考える」ためにはいろいろな経験や知識が必要になるでしょう。しかし、それ以上に「書く」ために必要なことは、どうも「自分と向き合う」ことのようです。
 中学生ぐらいになると、自分というものを客観的に見始めます。そして、自分の中の理想の人物像と現実の自分とのギャップ、また思い描がかされきた社会と現実の社会とのギャップに、打ちのめされたり、いらだちや怒りを感じることもあるでしょう。
 しかし、たいていの人間は、そういったギャップによる苦痛や怒りから目を背けたり、意識しないことによって楽に生きています。それはそれで、人間に与えられた能力なのでよいことだと思います。しかし、まだ心に余裕のあるときに、たまには「自分」と向き合ってみるということが「よく生きる」ことに繋がっていくのではないかと思うのです。
 
つらいけど・・・
 推薦入試の作文の課題に「自分の長所と短所について」というものがあります。この課題を生徒たちに出すと、たいていの子たちはまいってしまいます。薄々自分の長所と短所には気づいているのですが、それを「言葉」にする「文章」にするということがとても難しいのです。
 また「高校に入ったら何をしたいのか」「将来の夢は?」などの課題で作文を書かせるということも、「自分と向き合う」とてもよい機会だったようです。
 つまり、何かを「書く」ということは、「考えること」であり、「考える」ことは「自分と向き合う」ことだと言っても過言ではないようです。しかし、「自分と向き合う」ということは、たいへんつらいことです。でも、「自分と向き合う」というをぬきにして、「よりよく生きる」ことはあり得ないのだろうと思います。
 
現代日本
 特に現代の日本は、戦後50年の社会制度と価値観が、現代の社会と完全にズレを生じ、崩壊しようとしています。こういった社会のもとでは新興宗教やナチスなどにはまってしまう傾向が、人間にはあると思っています。つまり、それまでの絶対的な価値観にすがることができず、なおかつ自分で自分のことを考えることができない人間は、そういったものにすがるしかないのです。
 私たちは、子どもたちに将来幸せなってほしいと思い、塾に通わせたり、いろいろな習い事をさせています。しかし、現代のように「幸せ」の形が多様化している時代に最も大切なことは、やはり「自分のことをしっかりと自分で考え、自分の判断のもとに行動できる能力」+「他人の意見にも素直に耳を傾けられる能力」なのでしょうかね。
 では、そのために私たちができることは何でしょうか・・・
                      これからの課題です。

 

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