やまと通信     4月号
                             Vol.47
〜 叱 る 〜
 
 まずはお知らせです。
 やまと学院.は完全個別指導を行っているため、各生徒の進度表を毎授業ごとにつけて参りました。しかし、今までは、その進度表を塾に保管しておいたのですが、それではあまりよくない、進度表はやはり各自に持たせておく方がよいと気づきました。
 それは、進度表を各自に持たせておくことによって、自分の勉強の進み具合をいつでも確かめられます。そして、そうすることによって、より自主性が育つはずです。また、その進度表には授業ごとの宿題も書かれていますので、宿題をやらなければならないという意識もより高まるでしょう。また、保護者の皆様が、今何を塾で学び、これから何を学ぼうとしているのか、また、どのような宿題が出されているのかということも、確かめることができます。どうか、保護者の皆さんも、塾に任せっきりにせず、月に1度は進度表を見て、お子さんたちとどんな勉強をしているのかなどを話してもらえれば幸いです。(ただ、その際の注意事項として、今月のテーマにも関係しますが、あまり説教くさくならないよう、できたら、褒めてあげるぐらいの気持ちでお願いします。)
 
「叱る」と「怒る」
 さて、今月のテーマ「叱る」についてです。これは、最近発売された「暮らしの手帖 特別号 叱る」という本を読んで決めました。(一読の価値はあります。皆さんもよかったら読んでみて下さいね。)
 まずこの「叱る」という言葉を聞いて皆さんは何を思い出すでしょうか。私は真っ先に「怒る」という言葉が連想されました。「叱る」と「怒る」どう違うのだろうかという疑問です。その疑問を頭の片隅におきながら、その本を読み、またやまと通信Vol.21で私自身が書いた「怒る」というものも読み返してみました。
 その結果、「叱る」と「怒る」の違いは、相手への気持ちと自分自身の感情の違いなんだろうと思うです。
 つまり「叱る」というのは、相手によりよい人間になってもらいたいという感情、すなわち愛情から出てくる態度と言葉で、「怒る」というのは、もちろん相手を思ってのことなんでしょうが、結果的には自分の感情を抑えることができずに、相手にぶつけているだけの行為なのだろうと思うのです。
 
ポイント
「叱る」ということについてもう少し、先の本から学んだことなどを自分なりにまとめてみますと、
@「叱る」とは、愛情を持つことから始まる。愛情とは、相手を思う気持ち、相手にもっとよい人間になってほしいと思う気持ちである。
A「叱る」とは、自信を持って、はっきりと親(教師)の価値観、善悪の基準を示してあげることである。
 この2点をとにかく繰り返し、繰り返ししてあげることが、小学校低学年までの「叱る」ポイントだと思います。しかし、小学校も高学年以上になってきますと、これにもう一つポイントが加わると思います。それは、
B 本人の自覚を待つ。頭で分かっている善悪の基準に、どれだけ勇気を持って自分の行動を近づけられるかを見守ること。
 私の経験上、8割以上の生徒たちはちゃんとした善悪の基準を理解しています。しかし、頭で分かってはいるが、実際勇気を持って実行できる生徒は半分ぐらいでしょう。
 ですから、小学校高学年以上の生徒たちに対する「叱る」ということは、あまりくどくどと言葉で説教しないこと。しかし、いいことをしようとしている場合には「そっと背中を押してあげるような」言葉を、そして悪いことをしようとしているときには、「ふっと、親の顔が浮かぶような」日頃の親の姿勢が重要だと思うのです。
 そして、良いことをしたときでも、悪いことをしたときでも、まずはその子の言いたいことを聞いてあげること、その上で一言言葉をかけてあげることが「叱る」ということではないでしょうか。つまり、「叱る」と「誉める」は表裏一体、紙一重なことなのかもしれませんね。
 
木の上に立って見ることが・・・
 そのために一番重要な親や教師の仕事は、やはり、「見る」ということでしょう。子どもも10歳を過ぎたら、親や教師はあまり頑張りすぎない、その子たちの生きようとする力を引き出し、時々方向修正してあげることだけでいいのではないでしょうか?
 よかったら皆さんのご意見もお聞かせ下さい。


 Home   やまと通信の目次へ