やまと通信     7月号
                             Vol.50
〜 親子げんか 〜
 
 1学期の期末テストも終わり、いよいよ7月、8月です。7月、8月といえば、夏休みです。勉強が苦手な生徒さんは、ここでいかに頑張れるかが勝負です。とくに、受験生の皆さんは、1,2年生の復習を本格的にできるのはこれが最後です。1日8時間というとても大変なものですが、なんとか弱い自分に負けずに、この2ヶ月間を乗り切ってほしいと思います。保護者の皆さんも励ましたり、体調管理のアドバイスしてあげるなどご支援の方よろしく御願いします。
 
 さて、今月は小学校6年生の国語のテキストから「親子げんか」というテーマをいただきました。結論から申し上げますと、親子げんかは子どもの自立にとって必要不可欠なものだということです。はげしすぎる親子げんかや不必要な親子げんかはしない方がいいと思われますが、子どもは親から自立するため、親は子
離れするために必要なことなんだろうと思います。では早速、
 本当の意味での自立とは、子どもが親や周りの大人達と関係なく、自分というもののあり方をしっかりとつかんでいくということです。それは、「自分とは何か」という問題と切り離しては考えられないし、自分の中に、どのくらい親の影響があって、どれが本来の自分かを見極めていくことでもあります。(中略)
 いまの日本では、自分のやっていることが、本当に自分のやりたいことなのか、それとも親の望んでいることなのか、区別がつかないという子どもが、とても多いような気がします。(中略)
 親と対立してみてはじめて、親とは違う「自分」がはっきり見えてくるのです。そういう意味では、親とのけんかが、自立の第一歩といえるかもしれません。
 けんかもそうですが、自立ということを考えた場合、親に秘密ができるということも、大きな意味があります。(中略)
 私の親は、一般的にはあまりうるさくないほうで、いちいち干渉したりはしなかったのですが、それでも親にいわないほうがいいことがたくさんあったのです。親が聞いたらきっといい顔はしないだろうな、とわかっていてそれでも自分はやりたいし、悪いことだとも思わないのだから、いちいち親に言って心配かけながらやるよりは、黙ってやってしまったわけです。
 その結果、自分の行動に自分で責任を持つということを、体験的に覚えていったといえるでしょう。(中略)
 ある年齢から、子どもは自立していくのが自然な姿です。三歳か四さいころから、子供は、少しずつ親と違う考えを持ち始めます。そして、中学生ぐらいになれば、親にわかってもらえないだろうと思うことが、ずいぶん出てきます。そのときに、なんでも親に言って、親の言うことを聞くというのは、必ずしもいいことでないと思うのです。それでは自分ではなくなり、親と同じになってしまいます。親にいえないことがどれくらいあるかと言うことは、自立を考えるときの目安になります。つまり、秘密ができれば、そのことについては親に相談できなくなるわけですから、それだけ、自分で自分の行動に責任を持たなくてはなりません。親に内緒でやれば、何か問題や困ったことが起きても、自分で帰結しなくてはならないのです。これは大変なことです。だから、それだけ慎重にならざるをえないし、まわりへの迷惑なども含めて、自分の行動に自分で責任を持つようになります。
 親に秘密ができるというのは、ごく自然な、健全なことで、自分で
自分に責任を持てるようになる第一歩なのです。
               (秋山さと子「親子げんかのすすめ」による)
 
 何もこの引用に書かれていることがすべて正しいとは思いません。しかし、いくつか重要なことも書かれていたと思うのです。親子げんかの意味や、秘密ができることの意味、また、自立心が芽生えるまでの過程などいろいろありますが、一番重要だと私が思ったことは、「親と子どもは違う人間なのだ」ということです。たしかに、子どもたちに対しては、教育や躾をしなければなりません。しかし、それは、社会一般的なことだけでよいのではないでしょうか。細かいことはできるだけ本人に任せ、その責任もしっかりととらせる。しかし、まだ未成年者のうちは、全責任をその子に負わせるのではなく、その半分は親が負ってあげる。(責任を親が半分負ってあげないと、子どもたちは、次に新しいことに挑戦しようという、最も大切な「意欲」というものがなくなってしまうからです。)そのへんのバランスをよく考えながら、親離れ(自立)と子離れをうまくやっていければと思います。


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