やまと通信 11月号
〜  〜 Vol.66
                                           
                                           

今年の合唱祭も、すばらしかったですね。とくに、各学年の金賞、銀賞のクラスは、大変すばらしかったと思います。このすばらしき六実中学校の伝統を今後も保ち続けてもらえたらと思います。(いや、一地域住民としても、六実中学校のOBとしても、何とかこのすばらしい伝統を保っていけるような学校との関係を,今後築いていかなければならないのだとうと思います。)

さて、今月は、「茶道」についてです。茶道には、大学生のころから関心を持ちながら、いまだに習ったことはないのですが、自分自身の鍛錬のためにも、そして小、中、高校生の教育という面からもいまだに強い関心を持っております。ですから、先月ご紹介しましたNHKの人間講座「数学の愛し方」のテキストの横に、同講座「茶のこころ世界へ」というテキストを見るや、すぐさま買い求めしまいました。今月は、このテキストから、気になる、ためになりそうな、15代裏千家家元のお言葉を皆さんにご紹介したいと思います。スペースの関係上、すべての抜き出しに私のコメントを付けることはできませんので、皆さんなりに御解釈くだされば、幸いです。


「茶の精神は、千利休(1522-91)が五百年近い前に『和・敬・清・寂』という四つの文字で言い表しました。『和』は平和の和です。…お互いどうしが仲良くする、和し合うということです。次の『敬』は尊敬の敬であり、好き嫌いを超えた敬いであります。…『清』は…読んで字のごとく、清らかという意味です。それも目に見えるだけの清らかさではなくて、心の中が清らかであるということを意味しています。…最後の『寂』は、『寂然不動』の『寂』であって、単なる『静寂』の『寂』ではないのです。心がどっしりと落ち着いていて何ものにも動じない心のことです。…この『和敬清寂』の四規こそ、この現代の生活の中に必要な哲学であり、思想なのです。」(p.9~11)
「かつて田村珠光が足利義政から『そなたのやっている茶の道とはどういうものだ』と言われたときに、『茶は遊にあらず芸にあらず一味清浄法喜禅悦の境地にある』と答えます。お茶は遊びや芸事ではありません。これは自分を清浄にさせて、言いかえるならば、禅僧たちが座禅の中で悟りの喜びを得るのと同じものである…」(p.15)
「茶道では、亭主と客が一体になることをやかましく言います。主は客の心になり客は主の心になり、ということが主客互換、賓と主が一緒になるということです。お互いがお互いの心になりあう、ということを一番大きな道として教えるわけです…」(p.16)
「茶会とは『一期一会』の心だとよくいわれます。たとえ何度同じ人を招こうとも、また同じ道具を使おうとも、その日の天候の様子、季節料理の内容、また亭主と客の心なども同じはずはありませんから、今日の会は生涯でただ一度の会であるということを考えると、自ずから心をつくし、真心を込めた客のもてなしをするはずです。これが一期一会の心です。」(p.20)
「経済などに比べ、文化は一朝にしてはくずれません。」(p.38)
「本当の国際人というのは、自分の国の文化を一番身につけている人のことです。」(p.49)
「…反故襖とは、『一よりならい十を知り、十より返るもとのその一』という茶道の心得です。ならい尽くして本体を見極めたら、またもとへ戻る。稽古とはその繰り返しです。繰り返しをするということによって、最後には自分なりの極めができるということであります。」(p.74)
「すべての人が素直な人間本来の姿になって、一碗の茶を喫するために、連客が思いやりの心でいたわり合うことになるのですが、そのとき初めて主と客との一体感が大きく広がっていくのです。この世で生存をともにするもの同士が相手と合致する瞬間を見いだしたときに、はじめて仕え合う関係が成立します。仕え合うということは、すなわち『仕合わせ(幸せ)』です。お互いに仕え合ってこそ、礼の基本の形が生まれてきます。」(p.92)
「戦前は『の』の時代でした。すなわち、学校では先生の生徒、生徒の先生、学校の生徒、生徒の学校、家では親の子、子の親、そこに『の』というやわらぎの世界が展開し、少なくとも一体感が生まれてきています。…しかし、戦後の民主主義の間違った思いが『の』の関係をなくさせてしまい、『と』の関係にしてしまったのです。…円は丸く、丸は穏やかで、人間にとって大切な心です。それなのに、親子の間も『親と子』『子と親』というように、『と』の関係になってしまいました。『と』は『戸』に通じ、親と子の間に境である戸ができてしまったのです。決して親子の間に戸を設けてはなりません。本来の親子関係である『親の子』『子の親』という『の』の関係に戻さなければならないのです。『の』は穏やかさを『和』で表し、少なくとも戦前は貧しくとも譲り合い、和して生きてきました。一元的な『の』で世の中がまとまっていたのに、戦後はいつの間に二元的な『と』で対立的になってしまったのでしょう。」(p.98~101)

以上、いくつか上げさせてもらいましたが、この中でもとくに印象的だったものは、「亭主と客が一体になる」、「一期一会の心」と「『の』の関係」についてでした。
「亭主と客が一体になる」ということは、現代の日本人にはとても大切なことだと言えます。「亭主と客が一体になる」とは、つまり、お互いのことを自分のことのように考え、思うことの大切さを説いているのだと思いますが、今の日本人には、この心を忘れてしまっている人が多すぎるような気がします。また、大人ですらそうですから、子どもたちも然りです。塾での生徒さんたちを見てても、もう少し相手のことを思い合ってあげたほうがいいなと思うこともあります。おそらく学校では、集団心理が働き、もっとお互いがお互いを傷つけあっているのでは、と心を痛めています。もう少し、大人が心に余裕を持って、相手の気持ちを察してあげられるようにしたいものです。
次に、やまと学院.は私塾であって、義務教育の場ではありません。ですから、今日来てくれた生徒さんが、来月また一緒に勉強できるとは限りません。また、その日その日によって、お互いの気持ちも一様ではありません。ですから、その瞬間瞬間を大切に、『一期一会の心』を持って、日々の授業にあたりたいと思いました。また、できることならば、すべてのやまと学院.の生徒さんと講師が、お互いに『の』の関係になり、お互いに成長できる関係になれればいいなと思った次第であります。

皆さんは、どのような感想、ご意見をお持ちになりましたか?

11月もテストがあります。保護者の皆様の励ましや檄は、子どもたちの力になります。言いすぎには気をつける必要がありますが、少しでも声をかけて下さると助かります。よろしくお願いします。

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