やまと通信 2月号
〜  〜 Vol.69
                                           
                                           

数年前から考えていた新しい事業を今年から始めようと思っております。それは、地域の情報を提供するHPなのですが、その準備を昨年末から始めたところ、どうしても海外の会社と取引をせざるを得なくなりました。単に海外旅行へ行って、お買い物などを楽しむといった英会話とは異なり、いろいろな書類などを英語で読まねばなりませんし、こちらからもいろいろな質問をし、向こうからの質問に対して返答するのも、もちろん英語です。お恥ずかしいことですが、今まで受験勉強以外で英語を使ったことがなかったので、初めはいろいろと不安やとまどいもありましたが、今まで学んだ、文法と単語を頼りに、何とか無事取引を終えることができました。
生徒さんたちはよく「どうして勉強するのか」ということを聞いてきますが、今回の経験から、中学、高校での勉強(とくに英語!)は、いつどこで役に立つか分からないから、しっかりやるようにと、今まで以上に自信を持って言えるようになりましたね。(もちろん、やまと学院.は、今まで通り、気合い入れて頑張っていきますので、よろしくお願いします。)

過ぎたるは…
「過ぎたるは、なお及ばざるが如し」と言う言葉がございますが、やはり私も何事に付けても、中庸の道がよいかと思います。しかし、私の考える中庸とは、常にほどほどにするというものではありません。基本的には中庸にポジションを取りますが、時には「すぎる」、またある時には「かなり控える」と、その時々で起伏を付けるという考えです。
たとえば、「真面目」ということについて考えた場合、基本的には「真面目」であることを常としますが、普段からあまりにも「真面目」すぎると間違いなく心の病になってしまうでしょうし、「不真面目」であることはいうまでもありません。しかし、時には真面目すぎると思われる判断をすべき時もあるでしょうし、またある時には、羽目を外すことも大切だと思うのです。

感情
同様に、「感情の起伏」も「過ぎたるは…」ではないでしょうか。基本的には「平常心」を持ってその常とすべきでしょうが、時には大いにそのほとばしる感情を爆発させることも大切でしょうし、時には、何があってもその場では歯を食いしばって感情を抑えることも大切なんだと思います。
先日、深夜のBS放送を見ていましたら、海外の少し古い映画を放送しておりました。その中の主役の女性は、貧しい家に生まれ、若くして娼婦として生きます。そしてある時、お金持ちの男性と結婚するのですが、その結婚生活はとても幸せと呼べるものではありません。しかし、その女性は、辛くとも悔しくとも、決してその夫の前では泣きません。そのことがさらに夫の反感を買います。そしてある日、離婚しますが、その後二転、三転し、再びお互いの愛を確認し、再婚します。そこでラストになるのですが、その時、彼女は始めて夫の前で涙しながら、こう言ったのです。
「幸せなときに流す涙って、本当に素敵ね。」
そうですね。涙は、辛いときも悔しいときも流れます。また怒りで涙することもあるでしょう。しかし、人間は、うれしいときにも涙するんですね。そんな素敵な涙を人生のうちであと何回流せるでしょうか。
基本的には、人生とは辛く、苦しいものだと思います。しかし、何とか生き延び、それらを乗り越えたとき、一抹の幸せを感じる瞬間があるのだと思います。今年も、一日、一日を大切に、日々、子どもたちと苦労を乗り越え、素敵な涙が流せるように頑張りたいと思います。

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