やまと通信 4月号
〜 頭 と 心 〜 Vol.71
                                           
                                           

おかげさまで、今年も全員、県立高校に合格できました。\(^O^)/
3年前から特色化選抜制度ができましたが、これがなかなかやっかいなものです。基本的にほとんどの3年生は今回が初めての受験ですので、受験の大変さが分かっていません。何となくやっていれば、受かるものだと甘い考えがあります。とくに特色化選抜テストは、ほぼ全員が、「落ちる」ということを想定していません。ですが、現実は、半分以上「落ちる」のです。
しかも、特色化選抜テストの結果から、一般テストまでが3週間ほどしかありませんので、その間に、大きな心の起伏が生じます。まず大いに悲しんでもらいますが、いつまでも泣いているわけにはいきません。ですから、すぐに気持ちを奮起させ、もう一頑張りする必要あります。高校受験、とくに県立の一般試験問題は、さほど難しい問題ではありませんので、3週間でも、気持ち次第で十分に10点〜20点上げることが可能です。しかも、その10〜20点が、大きく合否を分けます。
しかし、毎年、やまと学院.の生徒さんたちは、最後までよく頑張ってくれます。私は、どこの高校へ行くのかということと同時に、いやそれ以上に、この最後の一頑張りが、人生においてとても大事なものではないかと思っています。特色化選抜テストで、すっと合格することも、それまでの努力が報われたということで、大いにすばらしいことですが、一般受験に向け、最後まで頑張った生徒さんたちも、この1ヶ月で大きく成長できたのではないか、すばらしい経験ができたのではないかと思います。

「心(欲望)」と「頭(自由)」
今月は、久しぶりに「自由」ということについて考えてみたいと思います。
忙しい毎日を過ごしていますと、庭先でのんびりしている犬や猫、屋根でちゅんちゅん鳴いている鳥たちを見て、「いいなあ」と思うことって、誰にでもありますよね。また、自然の動物たちをテレビなどで見ていて、「自由」でいいなあと思うことってありませんか?
しかし、本当に野生の動物たちは「自由」なのでしょうか? また、のんびりしている犬や猫の生活はうらやむべきものなのでしょうか?
私は違うのではないかなと思うのです。
動物たちは、単に「本能」と「環境」に順応しているだけではないでしょうか? つまり、そこには、「自由」というものはないと思うのです。
では、「自由」とは何でしょうか?
それは、読んで字のごとく「自らに由る」ものではないでしょうか? つまり、本能や欲、心のベクトルを自らの意思でコントロールすることでしょう。自然界の動物たちは、それができないので、自由とは言えないはずです。
もし、動物たちが自由だと認めてしまい、人間がそれに価値を見いだし、まねしようとするならば、本能のまま犯罪を犯している人間たちもまた「自由」で価値のある人たちと言うことになりませんか?
つまり、人間にとっての「自由」とは、「心」や「欲望」にそのまま従うことではなく、逆に、「心」や「欲望」が暴走しそうなるのを「自らの頭で」コントロールする。これこそが、「自由」なのではないでしょうか?
ただ、いつも「心」や「欲望」を抑えていてもつまらない人生、つまらない人間になってしまいます。子どもや芸術家のような純粋な「心」の爆発は無理ですが、なんとか「心」と「頭」のバランスを取って、素敵な人生を送りたいなと思います。

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