やまと通信

〜 ガ イ ド 〜

9月号
Vol.76

 

 暑い、そして熱い夏休みがようやく終わりました。1年生から3年生まで、それぞれ9割ぐらいの生徒さんたちはとてもよく頑張れたのではないでしょうか。(逆をいえば、この大事な夏休みでさえ、1割の生徒さんは頑張れなかったし、頑張らせてあげることができませんでした。残念です…)
 さらに、ここで問題なのは、今私が「頑張れなかった」と評価した生徒さんたちのたいていは、自分では「頑張った」と思っていることです。
たしかに、今までの学生生活の中で、この1ヶ月間がいちばん頑張ったのかもしれません。それはそれで私も認めますし、評価もします。ただし、それは結果が出る努力でなければなりません。結果のでない努力は、単なる自己満足でしかないのです。
たしかに、人生なんて(30歳そこそこの私が「人生」を語るのは早いのですが…)結局は、自己満足の世界なのかもしれませんが、それでは成長がありませんし、社会に出て通用しませんし、何より今現在塾に通っている意味がないと、私は考えますが、いかがでしょうか?

 舞の海関と富士山
 さて、自分では頑張っているつもりでも、それが結果の出るような努力ではない生徒さんに対して、私は徹底的に文句を言いましたし、怒りました。(ただ、あまりにも言葉遣いが悪かったかなと反省はしてます…) それは、人間、とくに子どものうちは、そうそう自主的に努力できる人はいないと考えているからです。もちろんこの意見に大いに反論されたい方もいるでしょうが、自分のことを振り返っても、周りの人を見ても、おそらくたいてい(99%以上)の人間はそうだと思います。
 たとえば、小さな体で何年も大相撲の最前線で活躍されていた舞の海関のお話ですと、

(前略)…ところが中学校に進学し、本格的に稽古を始めるようになってから、だんだん勝てなくなりました。周りの友達がどんどん成長して、体が大きくなっていくのに、自分だけは成長期もなく、小さいまま。…くさりましたね。2年生の時です。
それで相撲部の先生のところへ行って、やめると言ったんですが、先生はどうしてもやめさせてくれない。…
 とはいえ、当時は納得いかないですよ。やる気も湧いてくるわけがない。それなのに授業が終わって帰ろうとすると、校門で先生が待ちかまえていて、強制的に引っ張られていって稽古です。もう諦めるしかない。苦痛でしたけど仕方がない。
 振り返れば、今の私があるのは、その先生のおかげ。自主性じゃないんですよ。子どものころは、自分の意思で壁を乗り越えて精進しようなんていう精神力はあまりないですから、そうやって大人が熱心に強制して、鍛えてあげるべきだと思いますね。
(新生銀行 MoneyMagazin '05 8月号より)


 何度も言いますが、この舞の海関や私の意見が絶対にあっているというわけではないです。自主的に努力できる生徒さんもいます。(実際、私の知り合いにもいますし。)ただ、たいていの人間は、なかなか自主的に頑張れないのも事実で、だからこそ周りの大人は半強制的でも、頑張らなければならないときには、心を鬼にして頑張らせる必要があるではないでしょうか。
 もう一つ例を挙げますと、私先日、富士登山に行ってまいりました。8合目までは薄曇りのなか本当に順調に進めたのですが、9合目近くになりましたら、急に悪天候に。年に1回あるかないかというほどの悪天候です(瞬間最大風速40m…)。当然登頂は諦めていたのですが、山岳ガイドの渡辺さんが、ツアー客の全員は無理でも、何人かは登頂できるから、頑張ろうと何度も私と友人を誘ってくれました。日頃運動不足の私は何度も断りましたが、渡辺ガイドがどうしても一緒に登頂したいと誘ってくれるものですから、頑張ってみることにしました。しかし、そこからの2時間は、今までの人生でも3本の指に入るほどの過酷さでした。しかし、何度も休憩を入れてもらいながら、雨と風の降りしきるなか、ようやく登頂できたときには、心の底からバンザイしました。本当にうれしかったですね。
 渡辺さんのようなすばらしいガイドさんがいたからこそ、何とか最初の一歩を踏み出せ、ゴールし、そして感動することができたのでしょう。日頃生徒たちに頑張れと言っていた私が、いざ自分事になると頑張りきれない。いま思うと、登頂を諦めた自分が恥ずかしいです。しかし、これが一般的な人間の姿なんだと思います。だからこそ、渡辺ガイドのような、できるのにやらない人の背中をそっと押してくれるような人が必要なんだと思います。
 渡辺ガイドに比べると私はまだまだまだ未熟者です。しかし、今後も日々精進し、もっと頑張れる生徒、やればできる生徒の背中を押してあげられる人間になりたいと思いました。

 Home   やまと通信の目次へ