やまと通信

〜 雪かき 〜

2月号
Vol.81

 

  久しぶりの大雪でしたね。大雪の当日と翌日の2回雪かきしましたが、普段運動不足なので、結構腰と膝に来ました…; それはそうと、雪かきをしていて思ったのですが、雪かきをしているのはお父さん、お母さんばかりで、お子さんがお手伝いしている姿はあまり見かけませんでした。できたら、お子さんたちにお手伝いしてもらうのがよいかと思います。そして、頑張ってくれたら、心から「ありがとう」と伝えれば、子どもたちの心の栄養も満たされるかと。

白紙
   雪かきをしていてもう一つ思ったことがあります。それは、近所の2歳ぐらいのお子さんが、お母さんのお手伝いで雪かきをしていました。自分の家の分が終わると、向かいの家の分の雪かきまでやろうとします。しかし、お母さんは、半分困りながら、そこはやる必要がないと教えます。しかし、道路に雪があるのに雪かきしないことが、その子には腑に落ちないのです。実は、3歳、4歳ぐらいにならないと、自分のものと他人(友達)のものの区別はつかないです。ですから、よく砂場でけんかになり、お母さん方は困ってしまいますよね。しかし、そのお子さんを見て、それは大変すばらしい能力なのではないかと思ったのです。 つまり、3歳ぐらいまでのお子さんには、区別もできない代わりに、差別も偏見もないということです。おそらく99%以上の大人は差別と偏見の心を多少なりとも持っています。それがひどい人たちは、平気で他人を殺してしまったりもしています。しかし、それは、人間の本来ものではなく、生後5年、10年、20年と周りの大人によって、すり込まれたものなのだなという発見につながりました。 故ジョン・レノンさんも、国境なんて本当はないんだ、国境のない世界を想像することは難しいことじゃないんだよというメッセージを残してくれましたよね。たぶんそういうことなのではないかなと思うんです。

区別と差別
   しかし、私たち人間は、あるものと他のものをいろいろな特徴から区別しなければ生きていけない生物でもあります。そのために究極的に進化させてきた能力が「言語」です。言語を発達させてきたおかげで、地理的な広がりも時間的な広がりも理解できるようになり、現在のような人類の発展を助けてきました。それが人間にとって幸福なことだったのか不幸なことだったのかはわかりませんが、何万年もの間、われわれの祖先はそうして人類という種の保存に成功してきたです。 ですから、どうしたって、地球上の有限な土地に線を引かなければ生きていけないのでしょう。また、ほんの少しの差異を見つけては、あるグループの人間と他のグループの人間を区別してしまうのでしょう。 では、区別と差別はどう違うのでしょうか? おそらく、そこに感情、とくに負の感情が含まれた場合に区別が差別となるのだと思います。

入学試験
   以前あるHPを見ていましたら、入学試験とは人間の感情を捨てて、解答マシーンになることが必要だというようなことが書いてありました。そうなんですよね、感情豊かな生徒さんや、大変優しい生徒さんだからといって、高偏差値の学校に受かることはないんです。悲しいですが、人間が発達させてきた「言語」では、そういった人間にとって大切なものを計ることはできないんです。だから、テストにもできません。しかも、現代社会では、無味乾燥な知識や情報を効率よくさばける能力が求められていますし…。 私たち人類は、大きな岐路に立たされているのかもしれませんね。

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